薬師経は何を説いているのか?十二大願と除病息災の智慧
『薬師経』の正式名称は『薬師瑠璃光如来本願功徳経』。薬師如来が因地で発した願いと、その功徳を説いた経典です。
日本では古くから薬師信仰が盛んです。奈良の薬師寺はこの薬師如来を本尊とする名刹であり、世界遺産にも登録されています。新薬師寺の十二神将、京都の神護寺や醍醐寺の薬師如来像など、日本各地に薬師如来を本尊とする寺院が数多くあります。西国薬師四十九霊場のような巡礼も行われており、薬師如来への信仰は日本人の暮らしに深く根付いてきました。
この経典が日本で親しまれてきた理由は、その「現世利益」にあります。病気平癒、除災延命といった、今を生きる人の切実な願いに応えてくれる仏として、薬師如来は信仰されてきたのです。
薬師如来とは
薬師如来の正式名称は「薬師瑠璃光如来」。東方浄瑠璃世界の教主です。西方極楽世界の阿弥陀如来と東西で対をなし、阿弥陀如来が「死後」を担うのに対し、薬師如来は「現世」を担うとされています。
「瑠璃光」とは薬師如来の特徴を表しています。瑠璃とは透明な青い宝石のこと。経典には、薬師如来の身体は瑠璃のように内外ともに透明で、一点の曇りもないと説かれています。この姿が象徴しているのは、本当の健康とは心身ともに清らかで透明な状態であるということです。
薬師如来の脇侍として、日光菩薩と月光菩薩がいます。この三尊は「薬師三尊」と呼ばれ、多くの寺院で祀られています。
十二大願の核心
『薬師経』の核心は、薬師如来が因地で発した十二の大願です。これらの願いはいくつかの種類に分けられます。
第一は「光明相好」。最初の二つの願いは薬師如来自身の功徳を述べています。光明が無量の世界を照らし、身体が瑠璃のように清浄である、と。これは本当の健康のあり方を示しています。
第二は「物質的な充足」。第三願では衆生が何も欠乏しないようにと願い、第十一願と第十二願では飢えた者に食を、寒さに震える者に衣を与えると誓っています。これらは最も基本的な生存の必要に応えるものです。
第三は「心身の健康」。第六願では、身体に障害があったり難病に苦しむ者が薬師如来の名号を聞いて回復するようにと願い、第七願では貧病に苦しむ者が安楽を得るようにと願っています。これが薬師如来の願力の核心です。
第四は「苦難からの解放」。第十願では囚われの身にある者の解放を、第九願では邪見に惑わされた者が正道に戻ることを願っています。人生のさまざまな困難に応えるものです。
第五は「修行への導き」。第四願では小乗の行者を大乗へ導き、第五願では修行者が戒を保てるようにと願っています。これは現世利益から出世間の解脱へとつなぐ橋渡しです。
これらの願いに共通しているのは、非常に「現実的」であることです。来世の解脱だけでなく、衆生が今まさに必要としていること、つまり健康、衣食、苦難からの解放に直接応えています。だからこそ薬師如来は「現世利益」を最も大切にする仏として信仰されてきたのです。
九横死と除災
『薬師経』には「九横死」という非常に実践的な教えがあります。本来死ぬべきでない人が、あることを原因にして早死にしてしまう九つの場合を挙げています。
この九つとは、病気なのに医者にかからない、またはヤブ医者にかかってしまう。王法によって処刑される。遊興にふけって精気を奪われる。火災で死ぬ。水難で死ぬ。獣に襲われて死ぬ。崖から転落して死ぬ。毒や呪いで死ぬ。飢えや渇きで死ぬ。
経典では、薬師法門を修めることでこれらの横死を避けられると説かれています。これは古代の言葉ですが、現代的に読み替えれば、多くの災難は避けられるものだということを示しています。病気になったら医者にかかる、危険なことはしない、心身の健康を保つ。薬師如来の願力に加えて、自らの注意深さがあってこそ、除災の道は完成します。
薬師法門の修持方法
『薬師経』にはいくつかの修持方法が記されています。
称名念仏:「南無薬師瑠璃光如来」と名号を唱えること。最もシンプルで、最もよく行われている方法です。経典には、薬師如来の名号を聞いて一心に受持すれば、加持を得られると説かれています。
読経:毎日『薬師経』を読誦し、薬師如来の願力を理解し、その願いに自分の心を合わせていくこと。
真言:薬師真言を唱えること。「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」という真言は日本でも広く知られています。
燈明供養:経典には燈明の功徳が特に説かれており、四十九の燈を七七四十九日間灯すという修法があります。寺院での法会ではこの伝統が今も続いています。
薬師如来と阿弥陀如来
よくある質問として、薬師如来と阿弥陀如来の違い、どちらを念じればよいのかというものがあります。
簡潔に言えば、阿弥陀如来は往生を司り、薬師如来は除災を司ります。
阿弥陀如来の核心的な願力は、衆生を西方極楽世界へ迎え入れること。焦点は「死後どこへ行くか」にあります。『阿弥陀経』や『無量寿経』はこのテーマを説いています。
薬師如来の核心的な願力は、衆生の病苦を除くこと。焦点は「生きている間どうするか」にあります。十二大願の大半が現世の必要に応えるものです。
この二尊は矛盾しません。生きている間は薬師如来に除災延命を祈り、臨終の際には阿弥陀如来に往生を願う。日本の仏教には、普段は薬師法門を修め、臨終には浄土法門を修めるという伝統的な考え方があります。生も死も、どちらにも拠り所があるのです。
『薬師経』の最後には、誠心をもって修持する者は「所求願満、乃至菩提」、つまり現世の願いから究極の覚りに至るまで、すべてが満たされると説かれています。非常に実践的な経典であり、多くの人に知っていただきたい教えです。
よくある質問
『薬師経』と『阿弥陀経』は何が違いますか?
『阿弥陀経』は西方極楽世界を説き、「往生」つまり死後の行き先に焦点を当てています。『薬師経』は東方浄瑠璃世界を説き、「現世」つまり生きている間の除病息災、心身の健康に焦点を当てています。二つの経は補い合う関係にあり、生きている間は薬師如来に、臨終の際は阿弥陀如来にお願いするという考え方もあります。