四摂法を一緒に読む:布施・愛語・利行・同事

お寺のお勤めで、布施、愛語、利行、同事という四つの語を聞くことがあります。四摂法(ししょうぼう)は、人々へ向かう菩薩の実践を説く教えです。道元の『正法眼蔵』には「菩提薩埵四摂法」という巻があり、その言葉の一部は『修証義』の第四章にも収められています。

四つを覚えたあとに、もう一度、巻の結びを読むと少し驚きます。道元は、それぞれが四つを具えているので「十六摂」になる、と述べているのです。別々の親切を四回すれば完成する、と読むだけでは足りません。一つの関わりの中で、四つがどのように重なるのかを考えてみます。

広告

布施の話が、舟や橋にまで広がる

『正法眼蔵』の原文は、布施を「不貪」と説くところから始まります。貪らないということです。施す物の価値を先に数えるより、何かを自分だけのものとして抱え込む心へ問いが向けられています。続く文章では、一句の教えや、一銭、一草も挙げられます。さらに、舟を置き、橋を渡すことも布施だとされます。寺へ財物を納める場面だけを思い浮かべていると、ここで視野が広がります。人が通れる場所を用意する働きにも、布施を読むのです。

原文には、自分で用いることも布施の一分であり、父母や妻子に与えることも布施だとあります。差し出す先を遠い誰かに限らず、自分が暮らすことや、身近な人との関わりまでを含めて語っています。他方、返礼を貪らず、自らの力を分かつという言葉もあります。与えた後に相手を自分へ従わせようとする気持ちは、この一節に照らして考え直せます。

舟や橋は、ほかの人が使って初めて、自分の働きの行く先が見える例でもあります。何を渡したかだけでなく、それがどのように使われるかへ目を向けると、次に読む利行ともつながります。

広告

愛語と利行は、言葉と行いを離さない

愛語の段は、人を見て、まず慈愛の心を起こすことから始まります。相手を顧み、大切にする言葉をかける。その詳しい読み方は愛語を暮らしで読む記事で扱っています。四摂法全体の中では、言葉もまた、人へ差し出す働きの一つとして見えてきます。利行では、身分の高低を問わず、相手の利益となる工夫をすることが説かれます。道元は、窮した亀や病んだ雀を助ける例を挙げ、報いを求めずに利益することへ向かうと述べます。ここでも、相手が何を返してくれるかという計算に、関わりを閉じてはいません。

他を利益すれば自分の利益が失われる、という見方に対しても、原文は問い返します。利行は広く自他を利益するものだ、と。この教えを、親切をすれば必ず見返りが来るという約束へ縮めないでおきたいところです。自分と他人の利益を、初めから奪い合う二つの取り分に分けずに見ようとしています。

同事のたとえは、海から水へ戻ってくる

四つ目の同事(どうじ)には、すぐ一言に置き換えにくい深さがあります。道元は「不違」と述べ、自にも他にも違わないこと、人間の世界の如来が人間に同じることを挙げます。そして、同事を知る時に自他一如だと語ります。仏が人の世界と隔たった場所から命令する姿とは、違う関係が示されています。

広告

曹洞宗の連載での禅僧の解説も、同事の解釈の難しさに触れています。そのうえで、相手のことを知り、相手に届くあり方で関わるという方向を示します。菩薩の実践を、一人の仏教者としてどう受け止めるかが課題になります。

原文に戻ると、海は水を辞さないので大きくなる、というたとえがあります。そこで文章は終わらず、水の側にも海を辞さない徳がある、と続きます。海が水を受け入れるだけの一方通行から、水が集まって海になるという関係へ、視点が移ります。

この往復に目を向けると、「助ける自分」と「助けられる相手」を固定する読み方が揺らぎます。人と関わる中で、自分の受け取り方や行いも変わりうる。だからこそ、同事を、相手に何でも賛成する方法として急いで片づけず、海と水の両方から読む時間を持てます。

なぜ、四つが十六になるのか

巻の最後は、四摂が各々四摂を具える、と結ばれます。たとえば布施をする時にも、相手への言葉があり、相手に役立つかという問いがあり、自他の関わり方があります。何かを渡したから、その場の言葉や態度は別の問題だと切り離せないのです。

広告

寺の集まりで経本を配る場面を、身近な例として考えてみます。初めて来た人にも本を渡し、今読む箇所を知らせる。見つからない様子なら、一緒にページを開く。渡す物、かける言葉、役に立つ手助け、隣でともに読むことが、一つの場面に重なります。これは四摂法を考えるための例で、すべての寺院に共通する作法ではありません。

同じ本を渡しても、相手を急かす言葉を添えることもあれば、まだ分からない様子に気づいて待つこともあります。「配布は終わった」という作業の区切りと、その人との関わりが終わることは同じではありません。四つを一緒に読むと、済ませた仕事の数から、人とどう関わったかへ目を戻せます。

『修証義』の五章の中で四摂法を聞いたら、第四章の前後も開いてみます。人々へ向かう願いがあって、具体的な行いが続く。道元の巻までたどると、舟や橋、亀や雀、海や水へと視野が広がります。その一つを覚えておくことから、次に聞く四つの語にも、違ったつながりが見つかるかもしれません。

よくある質問

四摂法には、何がありますか?

布施・愛語・利行・同事の四つです。道元の菩提薩埵四摂法では、貪りを離れて施すこと、慈しみから語ること、他を利益する工夫、自他を隔てない関わりが説かれます。各々が他の実践を含むとも述べられています。

同事は、相手の意見にいつも賛成することですか?

道元は、人間の世界に人間として現れる如来や、海と水の関係を挙げ、自他一如を説きます。相手に迎合すればよい、という短い処世術では捉えきれません。人を慈しむことと、頼まれた行為をそのまま実行することは分けて考えられます。

道元がいう十六摂とは、別の十六項目があるのですか?

この巻の結びでは、四つの実践がそれぞれ四つを具えるので、十六摂であると説きます。新しい徳目を十六個追加した一覧ではなく、四つの実践が互いに関わることを示しています。

記事をシェアして、功徳を積みましょう