修証義を読む入口:五つの章が伝える在家の仏道

修証義は、音で聞くと難しく感じられても、経本を開くと「生を明らめ」「愛語というは」など、日本語として区切れる言葉が見つかります。お葬式や法事で耳にして、意味を知りたくなった人にも、読み始める手がかりのある文章です。

修証義(しゅしょうぎ)は、主に道元禅師の『正法眼蔵』から言葉を選び、在家の信仰と実践を伝えるために編まれた曹洞宗の経典です。五つの章を見渡すと、生死を問うところから、日々の行いへと進む道筋が分かります。

道元の言葉を、明治の在家へ届けるために

『修証義』という形にまとめられたのは、道元の時代からずっと後の明治時代です。大内青巒を中心として編まれた『洞上在家修証義』をもとに、永平寺の滝谷琢宗、總持寺の畔上楳仙が内容を検討し、1890年12月1日に『曹洞教会修証義』として公布されました。曹洞宗の経典解説に、その経緯が記されています。

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そのため、「道元が『修証義』という一冊を執筆した」と説明すると、元の言葉と後の編集が混ざってしまいます。道元の教えを、在家の暮らしでどのように受け取り実践するか。その目的を知ってから読むと、日常の行いについての段落が多い理由も見えてきます。

「修」は実践、「証」はさとりを確かめることに関わる語です。題名にも、仏道を学ぶことと実践することを離さずに読む入口があります。

五つの章の見取り図

章題と主な内容

読み方主な手がかり
第一章・総序そうじょ生死を明らかにすること、仏法との出会い
第二章・懺悔滅罪さんげめつざい自らの行いを懺悔すること
第三章・受戒入位じゅかいにゅうい三宝に帰依し、戒を受けること
第四章・発願利生ほつがんりしょう衆生を利益する願いと実践
第五章・行持報恩ぎょうじほうおん教えに出会えた恩と、日々の行持

曹洞宗の「『修証義』ってなに?」では、この章立てに沿って本文をたどれます。いつも読んでいる箇所が全体のどこかを探すときにも便利です。

法要では一部分を読むこともあるため、聞き覚えのある文が、経本の最初から始まるとは限りません。まず章の名を見つければ、前後にどのような話があるかを調べやすくなります。

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「生を明らめ」は、生と死を見極めること

第一章の冒頭は、「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」。曹洞宗・貞昌院の本文案内で、句を区切って読むことができます。

ここでの「明らめる」は、望みを捨てるという意味ではありません。生とは何か、死とは何かを明らかにすることです。いつか考える遠い問題としてではなく、仏道を歩むうえでの大切な課題として文章が始まります。

続いて生死と涅槃の関係が語られるため、冒頭だけを人生訓として切り取らず、その先へ読む必要があります。生死を嫌って別の場所にさとりを探す思いが問われていく、宗教の文章です。現代語訳を読むときも、「生死」「涅槃」という語がどう訳されているかを見ると、単なる慰めの言葉との違いが分かります。

懺悔から、三宝に帰依し戒を受けることへ

第二章と第三章は、自分の行いを省み、仏道を歩むよりどころを明らかにする流れとして読めます。懺悔は仏前で自らの過ちを認めること。受戒は、仏・法・僧への帰依とともに、戒を受けて生きることです。

この部分には、日常語としては耳慣れない言葉も重なります。分からない語が続くときは、全部を一息に理解しようとせず、「今は懺悔の章」「ここから三宝と戒の章」と区切れます。三帰依文・三帰礼文を読んだことがあれば、三宝という共通のよりどころも見つかります。

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懺悔を唱えることと、実際の相手に謝ったり、行いを改めたりすることを切り離さずに考える。日々読む際には、教えが生活のどこに関わるかをたずねる余地があります。

第四章は、他の人と生きる行いへ

「発願利生」の章では、菩提心を起こし、衆生をさとりへ導こうとする願いが説かれます。そして、布施・愛語・利行・同事という四つの行いへ話が進みます。第四章の本文を見ると、抽象的な願いのあとに、人との関わり方が続いていることが分かります。

布施は貪りを離れて分かち合うこと、愛語は慈しみから言葉をかけること。利行は他を利益する行い、同事は他者と隔てず関わることです。本文は、布施を物の大小だけで評価せず、報いを貪らず力を分かつことにも触れています。

人に何かをしたあと、返礼がなかったことばかり気になる。そのような場面から布施の段を読み直すと、言葉が具体的な問いになります。これは一例ですが、生活の出来事をきっかけに本文へ戻る読み方ができます。

最後は、日々の行持によって恩に報いる

第五章には、教えを伝えた仏祖への恩が語られます。今、教えを聞けることは、伝えてきた人々の実践によって支えられている。その恩への応答として、日々の行持が示されます。第五章の本文の流れです。

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修証義を読み始めるなら、まずいつもの勤行で聞き慣れた一節を選び、その章の前後を読んでみる。次の機会には、章題を思い出しながら声を聞く。意味を学ぶ時間を少し加えると、法事のときだけ耳にしていた言葉が、自分も読める文章へ変わっていきます。

よくある質問

修証義は、道元禅師がその題名で書いた本ですか?

主に道元禅師の『正法眼蔵』から言葉を選び、明治時代に編まれたものです。大内青巒を中心とする編纂と、永平寺・總持寺の貫首による検討を経て、1890年に公布されました。

修証義は葬儀のためだけのお経ですか?

法要で読まれますが、内容は在家の信仰と仏道の実践にも関わります。生死の問題、懺悔、受戒、衆生を利益する願い、日々の実践による報恩を五章にわたって説いています。

「生を明らめ」は、人生をあきらめるという意味ですか?

ここでの「あきらめる」は、明らかにする、見極めるという意味です。生と死の問題を明らかにすることを、仏道における大切な課題として述べています。

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