三帰依文と三帰礼文、勤行本で見分ける帰依の言葉

ある勤行本では「南無帰依仏」、別のページでは「自帰依仏」。同じ帰依の言葉なのに、題名も長さも違うことがあります。

三帰依文と三帰礼文は、どちらも仏・法・僧の三宝への帰依を表します。曹洞宗の文献を例にすると、三帰依文は三宝への帰依を述べる文、三帰礼文はそこに衆生とともに歩む願いを広げた文として読み分けられます。題名の使い方には伝統による違いがあるため、まず手元の本文を見ることが大切です。

題名だけでなく、最初の一行を見る

曹洞宗の公式経典一覧には、三帰依文と三帰礼文が別々に収められています。片方がもう片方の誤記というわけではありません。

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二つの本文の見分け方

曹洞宗の文献での題名読む際の目印
三帰依文(さんきえもん)仏・法・僧への帰依を、順に述べる
三帰礼文(さんきらいもん)「自帰依仏」に始まり、「当願衆生」と願いが続く

音声を探すときも、この一行が役に立ちます。経本の題名が同じでも、聞いている音声と本文が一致しない場合は、冒頭と続きの句を照らし合わせます。読経を合わせるには、一般的な題名だけでなく、同じ本文・同じ宗派の資料を選ぶほうが確実です。

三帰依文には、帰依を重ねて述べる形がある

「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧」は、仏・法・僧を敬い、よりどころとする言葉です。仏は目覚めた仏、法はその教え、僧は教えを実践する共同体。三つを合わせて三宝と呼びます。

曹洞宗の公式英訳経本の三帰依文には、三宝への帰依を述べる組、三宝の徳を伴って述べる組、帰依したことを述べる組という、三組の文が載っています。そのため、三帰依文を「必ず三句だけで終わる文」と覚えてしまうと、長い形を見たときに混乱します。

繰り返しの中でも、仏・法・僧の順序は保たれています。勤行本を目で追うときは、同じ「帰依仏」に戻ってきたところを、新しい組の始まりとして見ると位置が分かります。何度読むか、先に唱える人のあとを復唱するかは、法要の次第に従います。

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帰依そのものの意味は、三宝をよりどころとすることと併せて考えられます。ここで唱えているのは、学ぶ対象と、ともに実践する場をはっきりさせる宗教の言葉です。

三帰礼文は、三つの願いへ展開する

曹洞宗の三帰礼文は、次の三段からなります。漢字は読みやすい字体で示します。

自帰依仏 当願衆生 体解大道 発無上意

自帰依法 当願衆生 深入経蔵 智慧如海

自帰依僧 当願衆生 統理大衆 一切無礙

第一段は、仏に帰依し、衆生とともに仏の道を身をもって理解し、さとりへ向かう心を起こす願い。第二段は、法に帰依し、教えを深く学んで、海のように広い智慧へ向かう願いです。

冒頭の「自帰依仏」は、「自ら仏に帰依する」と区切って読みます。「自」という一字だけを取り出して、自分の判断を唯一のよりどころにする文だと解すると、続く法と僧への帰依が見えなくなります。三つの段を合わせて、何をよりどころとするかを表しています。

第三段では、僧に帰依し、和合した集いが妨げなく仏道を歩むことを願います。曹洞宗の三帰礼文の用語解説は、「大衆」を僧伽の集いとして説明しています。ここでの「大衆」は、単に人数の多い群衆という意味ではありません。

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「統理」という字面から、一人が他の人を支配する場面を想像しないようにしたいところです。帰依の対象となる僧伽と、その和合を願う文脈の中で読む言葉です。

「当願衆生」と、三度言い直す理由

三帰礼文で繰り返されるのは、帰依だけではありません。どの段にも「当願衆生(とうがんしゅじょう)」が入ります。自分が仏の道へ向かうことと、ほかの生きものもともにその道を歩むことが、結びついています。

曹洞宗・少林寺の三帰礼文の案内でも、この句を衆生とともに願う言葉として読んでいます。第一段は仏道への志、第二段は教えを学ぶ智慧、第三段は実践する集い。それぞれ願う内容が違うので、同じ前置きのあとにも耳を向けると、三段の輪郭が分かります。

最初から一字ずつ全部を覚えようとせず、「今は仏について」「次は法について」と区切って読む方法もあります。意味のまとまりで覚えると、「自帰依」と「当願衆生」の音だけを追っていたときより、その先の句が残りやすくなります。

日々の読誦と、戒を受ける機会

三宝への帰依は、仏教の生き方に関わる大切な誓いです。曹洞宗の授戒の説明では、十六条の菩薩戒の中に三帰戒が位置づけられています。日常の勤行で読む文にも、その重みがあります。

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一方、家で一度読んだことから、特定の寺院で授戒を受けた、あるいは寺院への加入が済んだ、と判断することはできません。儀式に参加したい場合は、その寺院が案内する機会と手続きをたどります。

日々のおつとめでは、開経偈など前後の文にもそれぞれ役割があります。勤行本を開くときに題名を一つ確かめ、仏・法・僧の区切りを見つける。その小さな読み直しから、いつも唱えている言葉の意味を尋ねていけます。

よくある質問

三帰依文と三帰礼文は、違うものを信仰する言葉ですか?

いずれも仏・法・僧の三宝への帰依を表します。曹洞宗の文献では別の題名で収められており、三帰礼文は各帰依に続いて、衆生とともに仏道を歩む願いを述べます。

三帰礼文の「僧」は、目の前のお坊さん一人のことですか?

ここでいう僧は、仏の教えを実践する僧伽、共同体を指します。特定の僧侶一人への無条件の服従を誓う言葉として読むものではありません。

三帰依文を唱えると、授戒の手続きも済んだことになりますか?

日常の読誦と、寺院で行う授戒の儀式・手続きを同じものとして扱うことはできません。正式に戒を受けたい場合は、参加する寺院の案内に沿って申し込みます。帰依の言葉自体には、三宝をよりどころとする宗教的な意味があります。

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