西行の和歌を読む、桜と旅に残された出家の歩み

「願はくは花の下にて春死なむ」。西行の名と聞いて、この桜の歌が浮かぶ人もいるでしょう。けれども、その歌を残したのは、花を見るためだけに旅をした人ではありませんでした。

西行(さいぎょう、1118〜1190)は、武士の身分から出家し、和歌を詠みながら各地を旅した僧です。歌集には、花に心を引かれる自分への問いも、仏道の先人がいた場所を訪ねる長い文章も残っています。

北面の武士から、出家者へ

河南町の西行紹介によると、西行の俗名は佐藤義清です。鳥羽法皇に北面の武士として仕え、1140年に出家しました。その後の生涯には、高野山で暮らした年月があります。

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その歌を集めた『山家集(さんかしゅう)』には、春夏秋冬や恋の歌が並びます。仏道に入った人が、季節の変化にも人への思いにも言葉を与えた歌集です。どの歌にも同じ教訓を探すより、何を前にして詠まれた一首なのかを読み分けると、西行の姿が立体的になります。

捨てたはずの身に、花を愛する心が残る

国際日本文化研究センターが公開する『山家集』の本文では、春の歌の中に、次の一首があります。表記を読みやすく整えると、「花に染む心のいかで残りけん 捨てはててきと思ふわが身に」です。

世俗を捨ててきたと思っている自分に、どうして花に染まる心が残っているのだろう。歌は、桜を愛する気持ちをすぐ否定するのでも、出家すれば何にも動じなくなると誇るのでもなく、自分自身に問いを向けます。「捨てはててき」の後に「と思ふ」が続くところに、その揺れが聞こえます。

この近くには、冒頭の「願はくは」の歌に続いて、「仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば」という歌も収められています。自分の後世を弔ってくれるなら、仏には桜を供えてほしい。花はここで、見て楽しむものから、仏に供えるものへとつながります。

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一首だけなら、桜への強い好みとして読める言葉も、近くの歌と並べると、出家、死、供養に関わる願いを含んでいます。花を愛する心を片付けてから仏道に向かう、という単純な順序には収まりません。

讃岐の旅では、空海の跡を探している

『山家集』の巻下には、讃岐を訪ね、崇徳院のいた跡や墓に詣でる歌が続きます。白峰の墓で詠まれた歌には、かつての「玉の床」が出てきます。生前の華やかな居所を思いながら、亡くなった後の姿へと問いが向かいます。

その後には、弘法大師空海ゆかりの場所に庵を結んだことが記されます。さらに、曼荼羅寺の行道の場所へ登る箇所では、歌より前の説明、詞書(ことばがき)が長くなります。険しい山の様子、大師が経を書き写したと伝えられる場所、巡って歩くための壇。旅の行き先が、具体的な形を持って現れます。

続く筆の山の詞書では、伝えられた地名の呼び方に触れ、大きな塔の跡を見たことを記します。苔が深く覆っていても、大きな礎石は見えていた。その後の歌は、「筆の山にかきのぼりても見つるかな 苔の下なる岩のけしきを」と結ばれます。

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この「かきのぼりても」には、遠くから名所を眺めるだけではない身体の動きがあります。そして、目にしたのは完成した塔の華やかさではなく、苔の下の岩です。過去の修行者の姿を直接見ることはできなくても、その跡に向かって登り、残るものを見ています。

詞書の中には、その土地で申し伝えていることと、西行が見たと記すものが重なっています。大師の伝承を読むことと、当時すでに残っていた遺構をたどること。西行の旅には、その両方があります。桜の季節を追う歌人という印象に、仏道の跡を訪ねる姿が加わります。

月の歌は、恋の部で読むと響きが変わる

『百人一首』にも採られた「嘆けとて月やは物を思はする」という歌も、西行の作です。月を眺めて悲しむ歌として知られますが、歌集で置かれた場所も手がかりになります。

国文学研究資料館での渡部泰明の解説は、この歌が恋の部にあることを確認し、相手への恨み言を予想させながら、自分の涙へ視線が移る表現を読み解いています。月と自分だけの独り言と思って読む時とは、言葉の届く先が変わります。

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歌の「われ」を、そのまま詳しい伝記にしてしまうと、誰かに向けて詠む言葉の工夫が見えにくくなります。良寛の詩と手紙でも、作品の種類によって読み方が変わりました。西行の場合も、季節の歌、恋歌、長い詞書を伴う旅の歌を、それぞれの場所で読めます。

弘川寺に残る、歌人をしのぶ場所

河南町の弘川寺案内は、同寺を西行終焉の地として紹介しています。境内の西行記念館には、ゆかりの資料が伝わります。西行を慕う後の人々も、この場所を訪ねてきました。

西行の一首は、短い歌碑にも収まります。その短さの背後には、桜に染まる心を問う声も、苔むした塔の跡へ登る旅もあります。仏足石に添えられた古歌が仏への思いを伝えるように、西行の歌も、風景だけでは尽くせない祈りを含んでいます。好きな一首の前に詞書があれば、そこから読み始めてみてください。

よくある質問

西行は、いつの時代の人ですか?

1118年から1190年に生きた、平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人です。俗名を佐藤義清といい、北面の武士として仕えた後、1140年に出家しました。和歌だけでなく、各地での修行の旅でも知られます。

『山家集』は、西行の一生を順番に書いた日記ですか?

個人の和歌を集めた家集です。季節や恋などの部立があり、歌の前に事情や題を記す詞書が付くこともあります。収録順をそのまま生涯の順序とはせず、詞書や作者欄も合わせて読みます。

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