恵信尼の手紙から見える、暮らしと念仏

「又、針すこし給び候え」。娘へ宛てた手紙の終わり近くに、針を少し送ってほしいという頼みがあります。その前には、念仏を申して極楽で会おうという言葉も、孫のことを詳しく知りたいという願いも書かれています。

恵信尼(えしんに)は、親鸞の妻として知られる、鎌倉時代の女性です。けれども、本人の手紙を開くと、夫の歩みを語る声とともに、衣食を案じ、娘からの返事を待つ一人の人の姿が現れます。

母から、京都の娘へ送られた十通

文化遺産データベースによると、本願寺に伝わる恵信尼の自筆書状は、京都の娘・覚信尼に宛てた十通です。1256年から1268年にかけて書かれ、重要文化財に指定されています。

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仏教婦人会総連盟の顕彰に関する説明は、1921年に本願寺でこれらの消息が発見されたことに触れています。親鸞の生涯を知るための史料として注目された手紙ですが、何を知らせ、何を頼むために書いたのかを追うと、書き手の生活にも目が向きます。

飢饉の中で、「身一人にて候わねば」

『恵信尼消息』第三通は、娘から届いた、親鸞の死を知らせる手紙への返事です。親鸞への思いを語った後、話は越後の暮らしへ移ります。前年の作物がひどく損なわれ、頼っていた人々の領地でも被害があったと記されています。

長くいた働き手が二人亡くなり、物を作る手立てもない。自分の残る命は長くないとしても、「身一人にて候わねば」と続きます。親を失った子や、身近な者の子供たちがいるので、何となく母のようである、と書いているのです。

ここには、食べさせる相手を残して、自分一人のことだけを考えられない暮らしがあります。第四通では、飢饉の中、便りに何も添えられないのが気がかりだとも述べます。信仰を持って生きる恵信尼にも、食べ物や贈り物の不自由が、そのまま残っています。

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一方、十通のうち最初の二通は、「下人」と呼ばれた人々の譲渡に関わる文書です。親子を思う温かさだけで読むと、当時の身分関係を見落とします。誰が働き、誰がその行き先を決めていたのか。手紙には、現代の家族関係とは異なる社会の姿も記されています。

親鸞への信仰を、娘に伝える

第三通の前半では、親鸞が比叡山を出て、法然の教えを聞いたことが回想されます。恵信尼は、親鸞から聞いた言葉をたどり、さらに自分が見た夢について書いています。夢の中で、法然が勢至菩薩、親鸞が観音菩薩として示されたという話です。

その夢のすべてを、当時、夫に話したわけではなかったとも記します。法然に関する部分は話したが、観音に関する部分は話さず、その後、心の中では親鸞を特別な思いで見ていた。娘へ書き送ることで、内に持っていた信仰が言葉になっています。

恵信尼は、その思いから、親鸞の往生を疑っていないと伝えます。夢はここで、本人が夫をどう仰いでいたかを語る材料です。明恵の夢の記録と同じく、誰が、何のために書き残したのかを見て読むと、後の伝説だけで人物を描く時とは違う、言葉の近さがあります。

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子供の年齢と一緒に、昔を思い出す

第四通では、親鸞が病気になった時のことを、娘が八歳だった年として記します。第五通でも、以前の出来事を、息子の信蓮房が四歳だった時と結びつけて思い出しています。

教学研究所の御手洗隆明の文章は、こうした記述に、夫の記憶が子らの成長とともに刻まれていることを読み取っています。出来事の年月を知る記録でありながら、家族の時間で昔をたどる手紙でもあるのです。

さらに第六通では、親鸞が病んだ時の日記を確かめ、先の手紙に書いた日付を数え直しています。記憶を語って終わるのではなく、残していた記録へ戻って、娘に伝える内容を確かめる動きがあります。大切な人のことを、できるだけ確かに伝えようとする文章として読めます。

遠く離れても、詳しく聞かせてほしい

第八通には、確かな使いの人がなかなかいないため、いつも話を聞きたいのに、かなわないとあります。はるばると雲の外にいるようだという表現は、遠くの娘との隔たりを伝えます。書きたいことが多くても、使いが急いでいるので詳しく書けない、という書き添えもあります。

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最後の第十通では、自身の老いと、娘から届いた小袖への礼に続き、念仏を申して極楽で会おうと呼びかけます。恵信尼が念仏の教えに託す再会の願いです。往生と仏のはたらきを語る信仰の言葉が、離れて暮らす人への手紙に置かれています。

その一方で、いま知りたいことも尽きません。孫たちの様子を詳しく教えてほしい。まだ会っていない、後に生まれた子も気になる。綿を少し、針も送ってほしい。念仏の言葉の前後に、具体的な頼みが続きます。

「親鸞の妻」という紹介の先で、恵信尼は、自分の声で娘に語っています。手紙を読み終える時、冒頭の針の頼みも小さな余談ではなくなります。遠くの相手を頼り、暮らしを続け、その人の消息を聞きたい。その切実さまで、恵信尼の文字は伝えています。

よくある質問

恵信尼と覚信尼は、同じ人ですか?

恵信尼は親鸞の妻、覚信尼はその娘です。京都にいた覚信尼に宛てた恵信尼の自筆書状十通が、本願寺に伝わっています。母の手紙からは、娘や孫の近況を知りたい思いも読めます。

『恵信尼消息』は、親鸞の伝記ですか?

親鸞についての回想を含みますが、家族への手紙です。農作物の被害、自身の体調、衣類の礼、使いの人のことなども記されています。親鸞を知る史料であると同時に、恵信尼自身の暮らしと言葉を伝える文書です。

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