明恵が問い続けた「あるべきよう」
木の枝の間に座を設け、僧が坐っている。高山寺の「明恵上人樹上坐禅像」は、名前を知らなくても目にしたことのある肖像かもしれません。この坐る姿の背後には、経典を読み、学ぶ自分を問い続ける年月がありました。
明恵(みょうえ、1173〜1232)は、高山寺にゆかりの深い僧です。伝わる言葉には、仏を求めることと、今この世でどう振る舞うかを結びつける、厳しい問いがあります。
木の上の坐禅と、華厳・密教の学び
高山寺の解説によると、明恵は東大寺で華厳を、勧修寺の興然から密教を学びました。その教学は、華厳と真言密教を合わせた「厳密(ごんみつ)」と呼ばれます。坐禅の絵から、すぐ禅宗の人と考えると、この修学の広がりを取りこぼします。
寺宝の説明は、樹上坐禅像を、栂尾の後山で松の木に座を設けた修行と結びつけています。静かな姿を描いた一幅と、何を学んだかという記録。その両方から、明恵に近づくことができます。
「あるべきよう」は、この世の自分への問い
国立国会図書館で公開されている『栂尾明恵上人伝記』の翻刻には、『梅尾明恵上人遺訓』が続きます。冒頭には、文暦二年、1235年の夏から、人々が聞き伝えたことを集めたとあります。明恵の没後、周囲に残った言葉を記した文章です。
その最初に現れるのが「あるべきよう」です。僧には僧の、在家の人には在家のあるべきようがある、と続きます。古い身分秩序の中で語られた言葉ですが、次の一節では、問いが明恵自身へ向かいます。後の世に救われたいという前に、まず現世で、あるべきようにありたいというのです。
来世への願いを口にする自分は、今、どう生きているのか。信仰の行き先を遠くに置いても、目の前の行いが問われなくなるわけではありません。「現世に先づ」という順序に、毎日の振る舞いを後回しにしない姿勢が表れています。
ただ、ここでの「あるべきよう」を、周囲が望む役割に何でも従うことへ置き換えると、話が変わります。遺訓の問いは、仏道に向かう自分のあり方に及びます。後の箇所では、人の見ていない所なら心の中も知られない、と思ってはならないとも語られています。人前だけの立派さでは、済まないのです。
経典を読んで、何を知りたかったのか
遺訓には、明恵が幼い頃から聖教を読んできた目的を述べる箇所があります。知りたかったのは、仏がどのような思いで教えを説いたのかということ。学者になろう、人に褒められようとは思わなかった、と伝えられます。
ここで「学問はいらない」と結論づけるのは早すぎます。同じ遺訓には、仏の智慧を深く知ろうと励む言葉もあります。知識の量を減らす話よりも、その学びがどこへ向かっているかが問題になっています。
仏の言葉を知るために読む。そのはずが、いつの間にか、自分が知っていることを示すために読む。遺訓は、学問が名誉や利益を飾るものになることを批判します。そして、諸仏・菩薩がどのように仏道を修めたのかを、学道のよりどころとして語ります。覚えた言葉から、教えが求める行いへと問いが進みます。
同じ箇所では、仏道を修めることが、当時の学者にとって役立つかどうかにも触れています。周囲の評価にすぐ結びつかなくても、仏が喜ばれるあり方を求める。学ぶ目的を語る言葉には、この信仰の向きが通っています。
学びと実践の関係を考える際にも、明恵の問いは残ります。本を読み終えた時、内容を説明できるようになったことと、その中で自分が何を問われたかは、別々に振り返れます。後者を考えるために、もう一度同じページへ戻る読み方もあるでしょう。
本人が書き残した夢もある
一方、明恵自身の筆を伝えるのが『夢記』です。京都国立博物館所蔵の一巻の解説によると、明恵は十九歳頃から約四十年にわたり、見た夢を記録しました。この一巻には、1207年から1211年の夢が断続的に収められています。
一巻に一生の夢が全部あるわけではありません。本人の記録でも、どの時期の、どの部分が残っているかを確かめる必要があります。西行の歌と詞書を読み分けるのと同じように、明恵を知る時も、夢の記録と、弟子たちが伝えた言葉を、それぞれの資料として読めます。
弟子を持つより、自分の心を仕立てたい
遺訓には、自分は師を持ちたいが、弟子は欲しくない、という言葉もあります。少し得るところがあるだけで師になれてしまうが、弟子を育てようとするより、仏果に至るまで自分の心を仕立てたい、と続きます。
人を教える立場になることと、自分の学びが終わることは重なりません。教える人として扱われた後にも、なお教えを受け、自分を修める余地が残ります。「仏果に至るまで」と置かれた長さが、師という呼び名だけでは終われない歩みを示しています。
樹上の肖像は、動かない姿を今に伝えます。遺訓に耳を傾けると、そこには、どう学び、どう振る舞うのかを問い続ける言葉があります。絵を見た後に「あるべきよう」を読むと、その短い言葉が、他人への注文より先に、自分へ返ってくる響きを持ち始めます。
よくある質問
明恵は禅宗の僧ですか?
坐禅する肖像で知られますが、華厳を基礎とし、真言密教も学んだ僧です。高山寺の解説では、その教えを「厳密」と呼びます。坐る姿だけから宗派を決めることはできません。
『夢記』と『明恵上人遺訓』は同じものですか?
『夢記』は明恵自身が見た夢を書き留めたものです。『遺訓』には、没後に人々の聞き伝えた言葉を集めたと記されています。本人の筆と、周囲が伝えた言葉という違いがあります。