仏像の手の形を読む:施無畏印・与願印から始める印相入門
仏像の顔はよく見たのに、手がどんな形だったかは思い出せない。そんなときは、次の拝観で手の高さに目を向けてみると、いつもの尊像に新しい表情が見えてきます。
印相(いんそう)は、仏の働きや教えを表す手や指の形です。上げた手、差し出した手、静かに重ねた手。それぞれの意味を少し知るだけで、尊像がどのような姿で人々に向き合っているのかを読みやすくなります。
最初に見るのは、指先より手の高さ
細かな指の組み方が見えなくても、片手を上げているか、両手を胸に構えているか、膝の前で重ねているかは分かることがあります。まず全体を見て、それから指先へ視線を移すと、形を覚えやすくなります。
解説に「右手」とあれば、仏像自身の右手です。正面から拝む人には左側に見えます。左右を取り違えると、同じ形を探しているつもりでも、図解と実物が合わなくなります。遠くて分からない指先は、無理に決めず、図録の写真や解説で後から確かめる方法もあります。
上げた右手と、下げた左手
天台宗の釈迦如来についての法話は、右手を胸の辺りに上げ、左手を下げた姿を紹介しています。右手は施無畏印(せむいいん)。畏れを取り除き、人々を安心させる働きを表します。
左手の与願印(よがんいん)は、願いを受けとめ、与える働きを表します。二つの手をあわせて見ると、苦しむ人に向き合う慈悲の姿が伝わります。願いを聞くという説明には宗教的な意味があり、その印を見れば個々の願いが必ずかなう、という約束に置き換えるものではありません。
この法話が取り上げるのは釈迦如来の一つの姿です。釈迦には誕生仏や涅槃像などもあり、すべての像がこの形をしているわけではありません。
阿弥陀の来迎印では、指にも注目する
文化庁「仏像の印相とその意味」は、阿弥陀如来の代表的な印相を図で説明しています。PDFの最初のページに、来迎印、説法印、定印が並びます。
来迎印の図では、右手を胸の辺りに上げ、左手を下げ、それぞれの親指と人差し指を合わせています。手の高さだけなら施無畏印と与願印に似ていますが、指の形が加わることで、阿弥陀が浄土から迎えに来る意味を表しています。資料では、京都・三千院の阿弥陀如来像が例に挙げられています。実物や写真を見比べるときには、両手の高さと、輪を作る指を順に追えます。
「来迎」という言葉には、阿弥陀の浄土へ迎えられる信仰が含まれます。手の形とともに、像のそばにいる脇侍や、作品名にある「来迎」の文字も読むと、一体の像を取り巻く世界が見えてきます。
手を重ねる定印にも、形の違いがある
定印(じょういん)は、心が乱れずに保たれた、深い瞑想のあり方を表します。文化庁の図解には、腹の前で両手を上下に重ね、親指どうしを合わせる法界定印(ほっかいじょういん)が示されています。
そのすぐ下にある弥陀定印(みだじょういん)では、重ねた手の人差し指も曲げて立て、親指と合わせています。見比べると、人差し指の部分の違いが分かります。平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像は、この弥陀定印の例です。
同じ阿弥陀でも、立って迎える姿と、坐って定印を結ぶ姿があります。仏の名前と手の形を一対一で暗記するより、今見ている像がどの働きを表しているかを、作品ごとに読むほうが役立ちます。
胸の前の手は、説法を表すことも
説法印は、転法輪印(てんぽうりんいん)とも呼ばれます。仏が教えを説くことを、法の輪を転じる働きとして表した印です。両手を胸の前に構えますが、掌の向きなどには違いがあります。
文化庁の解説は、浄土曼荼羅の阿弥陀が極楽で教えを説く姿や、広隆寺講堂の阿弥陀如来像を挙げています。胸の前に手を置く像に出会ったら、「何を持っているのだろう」と探すだけでなく、手そのものが教えを語っている可能性に目を向けられます。
寺院で見るときは、手から全身へ戻る
印相を一つ見つけたら、冠や衣、持ち物、周囲の像へと視線を戻してみます。たとえば弁才天の二本腕と八本腕の姿には、持ち物と伝承の違いがあります。手の形だけを切り取るより、全体と題名を一緒に読むと、その尊像を知る手がかりが増えます。
古い像では、指が欠けたり、修理で補われたりしている場合もあります。よく見えない部分を埋めて想像するより、作品解説の「後補」などの記載を探せます。拝観の距離や撮影の決まりに沿い、仏像や展示ケースには触れずに見ます。像の置かれる意味に関心が向いたら、仏壇の本尊と位牌の役割もあわせて読めます。
線をゆっくり追いたい人には、写仏という入口もあります。手本の手の形を見つめると、親指一つの位置にも意味があることに気づきます。見慣れた仏像の前で、今度はどちらの手から見てみようか。その小さな関心から、次のお参りを深められます。
よくある質問
印相とは何ですか?
仏像や仏画で、仏の働きや悟りのあり方などを表す手や指の形です。手を上げる施無畏印、下げる与願印、手を重ねる定印などがあります。
印相の右手・左手は、どちらから見た向きですか?
仏像自身の右手・左手です。正面から向き合うと、像の右手は見る人の左側にあります。図解や写真を読むときにも、この違いに気をつけると混乱が減ります。
手の形だけで仏像の名前が分かりますか?
同じ印相を複数の仏が結ぶことがあり、一尊にも複数の姿があります。印相とあわせて、持ち物、冠、脇侍、寺院や博物館の解説を見て判断します。