十牛図を読む:牛を探す旅が、町へ戻って終わる理由

牛を探す人がいる。ようやく牛を見つけたかと思うと、今度は牛が消え、人の姿までなくなる。十牛図を順番に見ていると、途中で物語の進み方が変わったように感じます。

十牛図は、牛を尋ねる物語によって、禅の修行と悟りを表す図と詩の組み合わせです。日本で広く知られる廓庵(かくあん)系では、何もない円の後にも二つの場面が続きます。そこまで見ると、最後の一枚の温かさが伝わってきます。

まず、どの十牛図を見ているか

牛を飼う姿を描いた「牧牛図」には、さまざまな系統があります。日本の寺院や入門書でよく紹介されるのは、廓庵の偈頌をもとにする十牛図です。偈頌とは、教えを詩の形にした文章をいいます。

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明石の大蔵院が公開する十牛図には、各場面の序文や詩が載っています。一つの図に複数の文章が添えられ、後世の僧の詩や日本の和歌も重なっています。絵、廓庵の詩、後から加わった文章を分けて読むと、誰の言葉を読んでいるのかが分かります。別系統の図の説明を、すべてそのまま当てはめないことも大切です。

牛は、ここでは本来の自己や仏性を尋ねるためのたとえです。禅宗の教えと修行を背景に置くと、牛を手に入れるという筋にも、物の所有とは違う意味が見えてきます。

十の場面は、どんな順番で続くのか

最初の三場面は、探すところから、手がかりを得て、牛に出会うまで。続く三場面は、牛を捕らえ、飼い、家へ帰るまでです。後半になると、牛と人を分けて追いかける構図そのものが変わっていきます。

廓庵系の章名と場面の一覧

章名物語の手がかり
尋牛(じんぎゅう)牛を探しに行く
見跡(けんせき)牛の足跡を見つける
見牛(けんぎゅう)牛の姿を見いだす
得牛(とくぎゅう)牛を捕らえる
牧牛(ぼくぎゅう)牛を飼いならす
騎牛帰家(きぎゅうきか)牛に乗って家へ帰る
忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)牛への意識が離れ、人が残る
人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)人と牛の両方を忘れる
返本還源(へんぽんげんげん)水や花のある景色へ戻る
入鄽垂手(にってんすいしゅ)人々の暮らす町へ入る
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章名の読みや字の表記には、資料による違いもあります。手元の作品にある順番と照らし合わせるための目安として使えます。

足跡を知ることと、牛と歩くこと

第二の見跡では、経典や教えから手がかりを得ることが語られます。足跡は、探す方向を教えてくれるものです。その先には、牛を見いだし、ともに歩く場面が待っています。

第四の得牛では、捕らえた牛の力に引かれます。第五の牧牛にも、縄や鞭が登場しますが、詩はやがて、牛がつながれなくても人についてくる姿を描きます。第六では牛に乗って帰り、笛の音が響きます。探し始めたときの張りつめた関係が、少しずつ和らいでいく流れです。

文章を読むときには、同じ「牛」に対して、人が何をしているかを追ってみるとよいでしょう。追う、引く、乗る、忘れる。動詞の変化だけでも、十の絵が単なる繰り返しでないことに気づきます。坐禅の教えを別の文章から読みたいときには、道元の『普勧坐禅儀』という入口もあります。

人も牛も消えた後に、水と花がある

第七では牛が姿を消し、第八の人牛倶忘では、人と牛を追い分ける形もなくなります。求める自分と、手に入れたい悟り。その両方にとどまらないことが、円だけの場面に表されています。

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それでも、廓庵系の十牛図はここで終わりません。

第九の返本還源には、水や花のある自然が現れます。詩では、水が広く流れ、花が紅く咲く姿が語られます。悟りを特別な何かとして追い求めた旅の後で、目の前の世界に向き合う場面です。第八から第九へ続けて読むと、空白と、姿ある世界とを切り離さずに受けとめられます。

最後に戻るのは、人のいる場所

第十の入鄽垂手の「鄽」は、人々が暮らし商いをする町を指します。序文には、市場や酒屋、魚を扱う店などの生活の場が現れ、そこで人を仏道へ導く働きが語られます。山に入り、一人で牛を探し始めた物語が、人との関わりへ開かれて終わるのです。

この最後の場面を覚えておくと、寺院で十牛図の一部だけを見たときにも、その絵の前後を想像できます。牛を捕らえた絵なら、次はどう歩くのか。円の絵なら、その後にどんな世界が続くのか。自分の悟りを採点するより、作品の展開に沿って問いを持つほうが、図と詩をじっくり読めます。

同じ題材でも、描き手が変わる

佐野市立吉澤記念美術館の狩野探幽《十牛図》には、黄檗の僧たちによる偈頌が添えられています。同館の解説は、第四図の人物のしぐさなどに、もとの図からの改変があると説明しています。禅僧の教えが、画家の表現や、作品を囲む人々の言葉と出会った一例です。

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展示で出会ったら、まず作品名と章名を読み、次に絵の中の人と牛の距離を見てみます。添えられた詩の意味がすぐにつかめなくても、章名を一つ書き留めれば、帰宅後に前後の場面へ戻れます。十枚を一度に覚えるより、一枚から物語をたどる読み方ができます。

よくある質問

十牛図の牛は何を表していますか?

廓庵の十牛図では、本来の自己や仏性を尋ねることが、牛を探して飼いならす物語に託されています。牛は教えを伝えるためのたとえであり、後半ではその牛への意識も離れていきます。

何も描かれていない円が十牛図の最後ですか?

廓庵系では、円だけになる人牛倶忘は八番目です。その後に自然の景色を示す返本還源、人々の暮らしへ入る入鄽垂手が続きます。

十牛図はどの作品も同じ絵ですか?

牧牛を題材にする図には複数の系統があります。廓庵系でも、描いた人や添えられた詩によって違いがあります。作品名だけでなく、章名、作者、添え書きも見ると理解が深まります。

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