六根・六境・六識とは?「見る」を仏教の言葉で分ける
「無眼耳鼻舌身意」のあとに「無色声香味触法」が続く。般若心経を読んでいて、この二組は同じことを言い直しているのだろうか、と迷うことがあります。さらに「無眼界、乃至無意識界」まで続くと、区切りが見えにくくなります。
六根は感覚の拠り所、六境はその対象、六識はそれに依って生じる認識を表します。たとえば見る場合には、眼と、見られる色・形と、見るという認識を分けます。最初から十八個を暗記するより、まず一組を対応させてみましょう。
眼と色と眼識は、同じものではない
窓の外に、赤い傘が見える場面を考えます。眼は見るための拠り所です。目に入る色や形は対象であり、仏教用語では「色(しき)」に当たります。それらに依って生じる視覚の認識を、眼識と呼びます。
ここでの色は、赤や青という色彩だけを指しません。東京大学の斎藤明氏の講義案内は、視覚の対象としての色彩と形態という意味と、身体などの物体を指す広い意味を分けています。五蘊の色と、六境の色を読むときにも、この幅の違いが関わります。
「友人が来た」「雨が強いのだろう」と考えることまで、すべて眼そのものの仕事としてしまうと、区別が曖昧になります。形が見えること、その形を何と受け取るか、その後に考えが浮かぶこと。同じ場面に含まれていても、一語で済ませず見直すための言葉です。
六つの組を並べてみる
| 六根:拠り所 | 六境:対象 | 六識:認識 |
|---|---|---|
| 眼 | 色 | 眼識 |
| 耳 | 声 | 耳識 |
| 鼻 | 香 | 鼻識 |
| 舌 | 味 | 舌識 |
| 身 | 触 | 身識 |
| 意 | 法 | 意識 |
「声(しょう)」は、人の声だけでなく音のことです。「香(こう)」も、好ましい香りだけを意味しません。よい匂いと悪い匂いの両方が対象になります。身に対応する触は、身体に感じられる触覚の対象です。
この三組を合わせた呼び名が、十八界です。六根と六境の十二を、十二処、または十二入処として説く場合もあります。数が増えたから器官が増えたのではなく、どこまでを一組にして説明するかが違います。
古い経典は、三つの出会いを「触」と呼ぶ
『雑阿含経』巻十三の第三〇四経は、六つの内なる入処、外なる入処、識を順に挙げます。そのあとにも、触・受・愛という三つの組が続きます。六つずつの組が六組あるため、六六法と呼ばれる教えです。
続く第三〇六経では、眼と色を縁として眼識が生じ、その三つが和合することを触と説きます。触は、物に手を伸ばして触れることだけではありません。見る場合にも、聞く場合にも使われる言葉です。
ここは二つの「触」に注意するところです。表の身に対応する触は触覚の対象ですが、眼・色・眼識の三つの和合をいう触は、経験が成立する出会いを表します。同じ漢字でも、文章の中で担う役割が違います。
第三〇四経は、そこから生じる苦・楽・不苦不楽の受も取り上げます。そして、眼や受を、そのまま変わらない我とする見方を問い直します。知覚の分類を作って終わる経ではなく、変化する経験をどうつかんでいるか、涅槃へ向かう修行の中で問うているのです。
音がやんでも、考えは続く
戸が閉まる音を聞いた後、以前の出来事を思い出すことがあります。もう音はしていなくても、心にはその場面が浮かんでいます。六根には意も含まれるため、今ここで音がしているかどうかだけでは、経験の範囲を尽くせません。意に対応する対象を、法と呼びます。この表の「法」は、仏教の教えという意味だけに限られません。考えたり思い浮かべたりする対象も含めて読む語です。眼識と意識が分けられるのは、見えることと考えることを、まったく同じ働きとして扱わないためです。
日常で確かめるなら、口論の後に同じ言葉を何度も思い返しているとき、「今聞こえている音」と「思い出している言葉」を分けてみます。思い出す自分を責めるためではありません。何に心が関わっているかを、少し具体的に言えるようにする試みです。SNSを見続けるときの六根の防護は、この区別を日々の使い方へ引き寄せた話です。
六根清浄は、感覚の優劣を測る言葉か
六根という語は、修行の言葉にも現れます。青岸渡寺の高木亮英師は、奥駈についての法話で、六根清浄・懺悔懺悔と唱えながら歩むことを記しています。自身の行いを省み、菩薩行を修める文脈です。
これは、よく見える人ほど心が清い、聞こえにくい人ほど仏道から遠い、という尺度ではありません。視力や聴力の状態を人の善悪へ結び付けると、修行を語る言葉が、他者を値踏みする言葉へ変わってしまいます。楞厳経の円通など、六根を入口とする教えも、それぞれの経の文脈で学びます。
般若心経の二組へ戻ると、眼耳鼻舌身意と色声香味触法は、重複ではなかったと分かります。そして、その名詞の前には「無」が置かれています。拠り所も対象も識も、固定した実体として握らないという空の教えへ、列挙が続いているのです。名詞を一組ずつ読めることが、その先の問いに入る足場になります。
よくある質問
六根・六境・六識を合わせると何になりますか?
それぞれ六つずつ、合わせて十八界と呼びます。感覚の拠り所、その対象、それに依って生じる認識を分けたものです。身体に十八個の器官があるという意味ではありません。
六根の「意」は、超能力や第六感ですか?
ここでは、考えたり思い浮かべたりする心の働きに関わる語です。意を拠り所に、法を対象として意識が生じると説明されます。未来を予知する特別な力を、六番目に付け加えているのではありません。