施餓鬼会とは?お盆との違いと「餓鬼に施す」仏教の意味

カテゴリ: 儀礼・風習

夏が近づくと、菩提寺から一通の案内が届くことがあります。「施餓鬼会(せがきえ)のご案内」。

お盆の法要なら分かるけれど、施餓鬼会とは何なのか。お盆と同じものなのか、別のものなのか。案内には日時とお布施の目安が書かれているだけで、よく分からないまま毎年参加している方も少なくないかもしれません。

施餓鬼会の由来

施餓鬼会は、文字通り「餓鬼に施す」法会です。

仏教には六道という考え方があります。天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。生きとし生けるものは、自らの行いによってこの六つの世界を巡るとされています。そのうち餓鬼道は、飢えと渇きに苦しみ続ける世界です。食べ物を口に運ぼうとすると炎に変わり、水を飲もうとすると蒸発してしまう。「欲しい」という渇望が満たされることのない苦しみの象徴です。

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施餓鬼会の起源として広く知られているのは、阿難(アーナンダ)と焔口餓鬼の説話です。仏陀の侍者だった阿難がある夜、瞑想をしていると、焔口(えんく)という名の餓鬼が現れました。口から炎を吐くやせ細った姿の餓鬼は、「お前も三日後にはこの姿になる」と告げます。恐れた阿難が仏陀に助けを求めると、仏陀は「無数の餓鬼と婆羅門仙に食事を施し、三宝に供養せよ」と教えました。阿難がその通りに行うと、餓鬼たちの苦しみは解かれ、阿難自身の寿命も延びたとされています。

この故事が、施餓鬼会の原型です。

お盆と施餓鬼会は何が違うのか

お盆と施餓鬼会は、どちらも夏に行われることが多く、混同されやすい行事です。実際、多くの寺院ではお盆の時期に合わせて施餓鬼会を営んでおり、「お盆の一環」として案内されることもあります。しかし、本来の趣旨は異なります。

お盆は自分の先祖を迎え、供養する行事です。盂蘭盆会(うらぼんえ)に由来し、目連尊者が餓鬼道に堕ちた母を救った物語がその背景にあります。迎え火で先祖の霊を家に迎え、送り火で見送る。家ごとの先祖との再会が中心です。

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一方、施餓鬼会は自分の先祖だけでなく、すべての無縁の衆生にも施すことに重点があります。身寄りのない霊、供養してくれる人がいない存在、忘れ去られた死者たち。そうした「縁のない」存在にまで布施と回向の功徳を届けようとするのが、施餓鬼会の特徴です。

お盆が「うちの先祖」への供養だとすれば、施餓鬼会は「誰のものでもない苦しみ」にも手を差し伸べる行為と言えます。

施餓鬼会ではどんなことをするのか

寺院や宗派によって細かな違いはありますが、一般的な施餓鬼会の流れはおおむね以下の通りです。

まず、本堂に施餓鬼壇が設けられます。通常の仏壇とは別に、餓鬼に施すための供物台が置かれ、水、米、果物、菓子などが供えられます。「水向け」と呼ばれる水を注ぐ作法が行われることもあります。餓鬼道の苦しみが飢えと渇きであるため、水と食べ物を供えることに意味があります。

僧侶が施餓鬼の読経を行い、塔婆(とうば)を立てることも多いです。塔婆には故人の戒名や「為○○家先祖代々」といった文言が書かれ、回向の対象を明示します。塔婆供養を希望する場合は、事前に寺院に申し込み、塔婆料を納めるのが一般的です。

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読経のあと、住職による法話がある寺院もあります。施餓鬼会は檀家が一堂に集まる場でもあるため、寺院にとっても大切な年中行事の一つです。

参列者の服装は、多くの場合平服で構いません。黒い喪服を着る必要はありませんが、派手な色や露出の多い服装は避けるのが自然です。

なぜ「餓鬼に施す」のか

施餓鬼会の核心にあるのは、見返りを期待しない布施の精神です。

自分の先祖を供養するのは、愛情と恩の延長線上にある行為です。自分とつながりのある存在に手を合わせることは自然な感情の発露でしょう。しかし、施餓鬼会ではそこからもう一歩先へ進みます。自分とは縁のない存在、名前すら分からない存在にも、同じように施す。

仏教における布施の本質は、「与える側」と「受け取る側」の境界を溶かすことにあります。誰かに何かを差し出すとき、そこに「自分が施してやった」という意識が残っていれば、それはまだ完全な布施ではない。施餓鬼会は、その「完全な布施」に近づくための実践でもあります。

もう一つの側面もあります。餓鬼道とは、際限のない渇望に支配された状態を指します。生きている私たちの心にも、満たされない欲求や比較の苦しみは日常的に存在します。餓鬼に施すという行為は、自分自身の中にある「餓鬼的な心」と向き合う機会でもあるのです。

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施餓鬼会は、年に一度、自分の供養の範囲を広げてみる日だと考えてもよいかもしれません。いつもは手を合わせることのない存在にも思いを向ける。そのわずかな心の動きが、仏教では回向の功徳になるとされています。お盆と合わせて案内が届いたら、今年はその意味を少し思い出しながら参列してみるのもよいでしょう。

よくある質問

施餓鬼会に参加するときの服装はどうすればいいですか?

多くの寺院では平服で問題ありません。ただし派手な色は避け、落ち着いた服装が望ましいです。初めての場合は事前に寺院に確認すると安心です。

公開日: 2026-03-30最終更新: 2026-03-30
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