薬師如来を囲む十二神将、その姿と名前をたどる
薬師如来の周りに立つ、武装した十二体の像。案内に「十二神将」とある一方で、お経の説明には「十二大願」が出てきます。さらに、同じ像なのに別の名前が添えられていると、どれを覚えればよいのか迷うかもしれません。
十二神将は、薬師如来を信仰する人々を守る尊です。経典では「十二薬叉大将」として登場し、自ら誓いを立てます。薬師如来が立てた十二の願いとは、まず誰が語る言葉なのかを分けて読むと、関係がつかめます。
周りに立つ十二体は、何を守るのか
新薬師寺の公式紹介では、十二神将像が土壇の上で薬師如来を取り囲んでいます。中央の本尊と、その周囲を固める像。一体ずつの勇ましい姿とともに、この配置が、守護する役割を表しています。
寺院で見かける武装した尊像は、十二神将だけではありません。毘沙門天・多聞天もその一例ですが、鎧があるという共通点だけで十二神将と決めることはできません。誰と一組になっているのか、本尊はどの仏なのかを見ることで、像の働きがわかってきます。
薬師経の終わりに、大将たちが声を上げる
玄奘訳『薬師瑠璃光如来本願功徳経』では、十二大願の説明は前半にあります。薬師如来が菩薩道を行じていた時の願いとして語られ、その後に、薬師の名を聞くこと、供養、苦難からの救済などが説かれます。十二薬叉大将の誓いは、経の終わり近くに置かれています。
その原文には、宮毘羅、伐折羅など十二の名が並び、それぞれ七千の薬叉を眷属とすると記されます。大将たちは、薬師如来の名を聞いたことを喜び、皆で心を合わせ、生涯、仏・法・僧に帰依すると述べます。命令を受ける場面というより、聞いた教えに応じて自分たちの誓いを表す場面です。
続く「誓当荷負一切有情」は、生きとし生けるものを担い、支えようとする誓いです。経が広まる村や町、林の中などで、薬師如来の名を受持し、供養する人を守ると語ります。場所は大きなお堂だけに限られていません。
仏はこの誓いを喜び、薬師如来の恩に報いるなら、常に一切の有情を利益し、安楽をもたらすようにと説きます。ここでは、恩を受けたことが、自分たちだけの安心で終わらず、他者を支える願いへ向かっています。武装した外見から一歩進んで、どのような言葉を語る存在なのかを知る箇所です。
十二大願と、十二神将の誓い
数はどちらも十二ですが、この経文は、第一願が第一の大将へ、第二願が第二の大将へ変わった、という物語にはなっていません。薬師如来の願いと、それを聞いて応じる大将たちの誓いが、異なる場面に置かれています。
一方、両者は無関係でもありません。十二大願には衣食の不足や病苦などへの願いがあり、大将たちも、人々の苦を離れさせることを誓います。先に説かれた薬師如来の働きに応じ、それを受け継ぐように人々へ向かう関係として読めます。十二大願を一つずつ読む時には、この経の後半にも目を向けると、願いを聞いた者の応答が見えてきます。
経の守護の誓いは、信仰の中で受けとめられてきたものです。参拝した人が必ず病気を免れるという予測とは異なります。病気平癒を願う時にも、診療や看護を受けることと並べて、祈りの言葉として大切にできます。
寺の呼び名と、国の指定名
新薬師寺では、像の呼び名が国の指定名と異なります。たとえば、寺で「バザラ大将」と紹介される像には、「国指定名:迷企羅」と併記されています。同じ像に付された、異なる名称の表示です。
名前を照らし合わせる時には、先に「どこの、どの像か」をそろえると混乱が減ります。寺院の案内なのか、文化財の指定名称を示す資料なのか。別名を見つけても、すぐにどちらかを誤植と決めず、その資料が用いる名称の欄を確かめられます。
十二支の動物は、像を読む手がかり
十二神将は十二支とも結びつき、頭上に動物を付ける像があります。ただし、その標識も像の来歴と一緒に読む必要があります。東京国立博物館の西木政統氏による解説は、山形・本山慈恩寺の像について、動物の頭が後世のものとみられ、正確な名前はわからないと述べています。
現在見える動物が、造られた時から同じだったとは限らないのです。これは慈恩寺の作例についての指摘で、新薬師寺の名称差を説明する理由ではありません。別のお寺の像へ、そのまま当てはめないことも、像を丁寧に見る一部です。
自分の十二支から像に親しむこともできますが、薬師経の大将たちの誓いでは、人々を十二の生まれ年に分けてはいません。経に記された誓いと、日本で親しまれてきた十二支の表示を重ねながら、それぞれが何を伝えるものかを確かめられます。
一組の中に、違う時代の像がある
新薬師寺の像は十一体が奈良時代の塑像です。塑像とは、土を用いた彫刻のこと。同寺がハイラ大将と呼ぶ一体は、昭和六年(一九三一)に補われた木像です。
一組として守り伝えられることは、すべてが同時に造られたという意味ではありません。名前の次に、材質と制作時期の欄を読むと、像の見方が広がります。十二神将という共通の役割の中に、一体ずつ異なる来歴がある。中央の薬師如来との関係を見渡してから個々の像をたどると、十二体の並びを、名前の暗記だけで終わらせずに拝観できます。
よくある質問
薬師如来の十二大願が、一体ずつ十二神将になったのですか?
玄奘訳の薬師経では、十二大願は薬師如来が菩薩だった時に立てた願いです。十二薬叉大将は説法の会座で薬師如来の名を聞き、三宝に帰依して、人々を支えると誓います。同じ十二でも、経文上の主語と場面が違います。
新薬師寺の十二神将は、すべて奈良時代の国宝ですか?
十一体は奈良時代の塑像で、国宝に指定されています。同寺がハイラ大将と呼ぶ一体は、昭和六年(一九三一)の木造の補作です。十二体を一組として見ることと、一体ずつの制作時期を確かめることは分けて考えられます。