害虫駆除と不殺生、どこから考える?

台所に虫が出た。食べ物の近くなので何とかしたいけれど、殺虫剤に手を伸ばすと不殺生という言葉が浮かぶ。家族は早く駆除してほしいと言い、自分もそのまま暮らすのはつらい。そんな時、命を大切にする気持ちと、家を安全に保つ責任が一度に迫ってきます。

衛生上の問題を確かめながら、命を奪う場面を減らす方法を探すことはできます。「全部が罪だから何もしない」「暮らしのためなら何をしてもよい」と急いで決める前に、虫の種類と、家の中で起きていることから考えます。

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駆除を繰り返す前に、住まいを見直す

横浜市のゴキブリ対策は、食品や生ごみを蓋付きの容器に収めること、使った食器を洗って片付けること、小さな隙間を塞ぐことなどを挙げています。また、ゴキブリが感染症や食中毒の原因となる菌を媒介する場合も説明しています。見た目が苦手という気持ちと、衛生上の問題は分けて確かめられます。

自宅では、何度も見かける場所と時間を記録しておけます。片付ける担当を一人に任せきりにしていないか、食品の置き場所を変えられるか。毎回その場で驚いて駆除するだけでは話し合えなかった点を、虫が出ていない時間にも家族と確認できます。

ただ、虫が出たことを「住む人の心が乱れている証拠」と結びつける根拠はありません。仏壇の掃除が足りない、信心が弱い、と本人を責めても、何が起きているかの確認にはなりません。清潔にしているつもりでも困るなら、同じ作業を際限なく増やす前に、相談できる先を探せます。

古い戒律で、故意かどうかが問われた場面

漢訳の『仏説斎経』は、在家の人が一日一夜受け持つ戒の最初に、殺そうとする心を離れ、生きものを慈しむことを説きます。小さな生きものも、その対象に含まれます。八斎戒を受け持つ実践では、命を奪わずに過ごす方向を、自ら引き受けます。

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一方、出家者の規定を収める『四分律』第十六巻には、鳥を嫌って射殺した比丘の話から、動物の命を奪う戒が定められる場面があります。その後、歩いたり座ったりする時に、知らずに小さな虫を殺してしまった比丘たちの疑問を受け、故意かどうかが明確にされます。

ここで区別されるのは、気づかずに起きた死と、命を奪おうとして行うことです。「虫が小さいから軽く扱ってよい」「腹を立てていなければ、意図して殺しても殺生にならない」という説明にはなっていません。恐怖や衛生への心配がある時にも、何を目的に、どの行為を選んだかは残ります。

同じ律には、水の中の虫を避けるための濾水の道具もあります。別の箇所では、その道具を持つ比丘が同行者に貸さず、相手が水を飲めずに苦しんだため、貸すよう指示されます。虫を守る配慮と、仲間が水を飲めるようにする配慮が、具体的な道具の扱いに表れています。これは古代の虫を除く工夫であり、そのまま現代の飲料水の安全を保証する方法ではありません。

分からない虫は、相談してから対応を決める

横浜市戸塚区の衛生害虫の相談案内では、家に発生する虫の種類や駆除方法の相談を受けています。住んでいる地域の窓口と対応範囲を確認できます。相談を受ける窓口が、そのまま自宅へ来て無料で駆除するとは限りません。

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相談する際には、いつ、どこで、どのくらい見かけるのか、自分で何を試したかを伝えます。無理に虫を捕まえようとせず、鑑別に必要な情報や提出方法を先に尋ねることもできます。賃貸住宅や共用部分なら、管理者と扱う範囲を確認し、自分の判断だけで隣家や共用の場所へ移さないようにします。

薬剤を使う場合、横浜市は用法用量を守ること、食品や子どもの玩具などにかからないようにすることを案内しています。殺す数を減らしたいという気持ちがあっても、自己流で薄めたり別の薬と混ぜたりする方法を選ばず、製品の表示と専門家の説明を確かめます。ここに住む人の安全も、対応の一部です。

迷いを、家族への非難で終わらせない

「殺したくない」と言ったまま、家族にすべてを処理してもらえば、自分は関わっていないと思いたくなるかもしれません。しかし『四分律』では、人に命じて殺させることも扱います。手を動かす役だけを他人に渡して、自分の選択を見えなくすることは避けたいところです。

家族と話すなら、どんな予防を自分が担うか、いつ相談するか、すぐに対応が必要な問題は何かを言葉にできます。「命を大切にしていない」と相手の人格を責めるより、食べ物の管理や相談の連絡など、自分が引き受ける仕事を出すほうが話を進められます。必要な衛生対応を、信仰の違いを理由に止め続けることもできません。

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それでも駆除を選ぶ場面があれば、その必要性と、命を奪う行為へのためらいを両方残して考えられます。衛生の目的があるというだけで、宗教上の殺生という問題を消したことにはなりません。受けた戒について迷う時は、その事情を具体的に伝えて指導を受けます。

慚愧という心の働きを、自分を責める量で測る必要もありません。今回は何に困り、次はどの段階で予防や相談ができるのか。家族の誰かに負担を押しつけず、再び同じ場面になった時の対応を一緒に決めておくことが、暮らしの中に残せる配慮になります。

よくある質問

気づかずに虫を踏んだ場合も、故意の殺生と同じですか?

『四分律』の畜生を殺す戒では、故意に命を奪う場合と、知らずに起きた場合を区別します。虫が小さいから命を奪ってよいという説明ではありません。気づいた後に、避けられる接触を減らすことも考えられます。

家族に駆除を任せれば、自分は殺生に関わりませんか?

『四分律』は、自分で殺すことに加えて、人に命じて殺させる場合も扱います。自分が手を動かさないだけで無関係とは言えません。現代の駆除でも、何を依頼するのかを確かめ、予防や安全上の対応を一緒に考えられます。

お経を読めば、虫が出なくなりますか?

読経による駆除の効果を前提にはできません。宗教的に命へ思いを向けることと、住まいで何が起きているかを調べることは、それぞれ必要な場面があります。祈りを理由に衛生上の対応を先送りしないようにします。

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