節と物語から仏法を聞く、節談説教のひととき

お坊さんが話していたはずなのに、言葉の終わりに長い節がつき、次の言葉へと流れていく。お経を唱えているのか、物語を語っているのか。その境目に耳が向く説教があります。

節談説教(ふしだんせっきょう)は、語りに節や抑揚を交え、仏教の教えを伝える説教です。浄土真宗で伝えられてきた形には、経典や祖師の言葉から出発し、物語を経て、再び教えへ戻る構成があります。声の印象だけでなく、話がどこへ向かっているかも、一緒に聞けます。

声明や御詠歌とは、声の使いどころが違う

法要で仏を供養し、徳を讃える声明や、歌を唱えて教えに親しむ御詠歌と、節談説教は同じものではありません。節談では、教えを説き明かす話の中に節があり、語りや物語が展開されます。「節がついている」という共通点だけで、すべてを一種類の仏教音楽にまとめることはできません。

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話芸とのつながりもあります。日本芸術文化振興会の解説は、説教に笑いや物語が用いられ、落語や講談の成立に影響を与えたことを紹介しています。同時に、節談説教と、三味線の伴奏を用いて娯楽性を強めた説経節を分けています。互いに関係があることと、現在も同じ目的で行われていることは別です。

たとえば寺院の法座で聞くなら、声の巧みさに引かれながら、「この話は、どの教えを伝えているのだろう」と耳を傾けられます。話芸として関心を持ったことが、仏教の言葉に出会うきっかけになってもよいでしょう。

五段法で、一席の行き先を知る

節談説教を行う梅山暁さんは、本願寺派の公式メディアでのインタビューで、節回しとともに「五段法」の構成を大切にしていると話しています。五つの要素は、話を教えへとつなぐための役割を持ちます。

五つの要素と、その役目

要素話の中で担うこと
讃題(さんだい)経典や親鸞の言葉などを掲げる
法説(ほうせつ)その教義を説き明かす
譬喩(ひゆ)身近な譬えで理解を助ける
因縁(いんねん)物語を通して語りかける
結勧(けっかん)物語を仏法に結び、念仏を勧める
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最後に念仏を勧めるところまでが、ここで紹介される構成です。感動する物語を付け足して終わるのではなく、その話を通して何を聞いたのかを、仏法へ結び直します。初めて聞く人も、五つの名を暗記するより、冒頭の言葉と終わりの言葉がどうつながるかに注目できます。

テレビやメールも、譬えの中に入る

昔ながらの節と聞くと、語られる内容も昔の物語ばかりと思うかもしれません。ところが、龍谷大学のシンポジウムを取材した法座レポートには、杉本光昭さんの実演で、テレビやリモコン、祖母と孫のメールのやり取りが話題になったとあります。身近な物を取り上げながら、念仏について語る説教でした。

この例から考えられるのは、言葉を古い形で残すことと、譬えまで同じ時代に固定することは違う、ということです。リモコンという物の説明を聞いているうちに、仏教のどの言葉へ戻っていくのか。その転じ方に、語り手の構成が現れます。

同じレポートは、語尾を長く伸ばした間に、聞く人から念仏の声が出る「受け念仏」にも触れています。一人が声を出し、他の人は終わるまで無言でいる、という関係だけではありません。法座の声には、説く人と聞く人の間で生まれる動きもあります。

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ただ、初めての人が、周囲と同じ瞬間に声を出せなければいけないわけではありません。聞き取れた言葉を受け止めながら、その場でどのように念仏されているかを聞くことから始められます。

説教するために、練習し、組み立てる

節談説教には、説く人が学ぶための書物も残されています。本願寺派総合研究所の『現代文 説教の秘訣』の紹介によると、原著者の大須賀順意は明治時代の節談説教者です。その心得や技法を記した本が、府越義博さんによる現代語訳で刊行されました。

紹介された目次には、練習の注意、説教の基礎、組織法、例題、段階が並び、台本の作成法も含まれています。声をよく響かせることだけでなく、一席をどう準備し、どのように組み立てるかも学ぶ対象なのです。すらすら聞こえる語りの背後には、言葉を選び、順序を考える仕事があります。

聞く側が台本を作る必要はありませんが、このことを知ると、話の寄り道にも耳が向きます。一見離れた話題が、後の説明を支えている場合もあるでしょう。短い部分だけを切り取るより、一席の初めから終わりまで聞いてみると、途中の譬えの役割が分かることがあります。

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聞き終えたら、讃題の言葉を一つ確かめる

心に残った場面があっても、冒頭の難しい言葉は聞き取れなかった。そんな時は、会の後で機会があれば、「最初に読まれたのは、どの聖教の言葉ですか」と尋ねられます。長い感想をまとめる前に、今日の一席が何から始まったかを確かめる質問です。

題名や出典が分かれば、次はその言葉を文字でも読めます。逆に、文字では意味をつかめなかった一節が、譬えを思い出すことで気になる場合もあります。節が耳に残る日、物語の途中が忘れられない日、念仏の声に耳を澄ます日。それぞれの聞こえ方を急いで一つの感想にそろえず、次に確かめたい言葉を持ち帰れます。

よくある質問

節談説教は、何と読みますか?

「ふしだんせっきょう」と読みます。言葉に節をつけ、語りや物語を通して仏教の教えを伝える説教です。ここでは、浄土真宗に伝わる説教の形を中心に紹介しています。

節談説教と説経節は、同じものですか?

関わりのある名称ですが、同じものとして扱うことはできません。日本芸術文化振興会の解説も、仏教の教えを説く説教から、節談説教や、三味線を伴い娯楽的要素が強まった説経節を分けて紹介しています。催しの説明と演目を確認すると、何を聞く場かが分かります。

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